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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)154号 判決 1998年4月28日

長野県北佐久郡御代田町大字御代田4106番地73

原告

ミネベア株式会社

同代表者代表取締役

荻野五郎

同訴訟代理人弁護士

仲卓也

同弁理士

前田清美

東京都品川区南大井6丁目28番12号

被告

株式会社 ナショナルマリンプラスチック

同代表者代表取締役

時田周明

同訴訟代理人弁理士

浜田治雄

前田篤男

主文

特許庁が平成5年審判第6219号事件について平成8年4月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第18類「ひも(被服に属するもの及びはき物用または運動具用ひもを除く)、綱類(運動具に属するものを除く)、網類(運動具に属するものを除く)、包装用容器」とし、「NMB」の文字を書してなる登録第2160553号商標(昭和62年5月30日登録出願、平成1年8月31日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であるが、被告は、平成5年3月31日、商標法50条の規定に基づき、本件商標の指定商品中「包装用容器」の登録を取り消すことについて審判を請求した(同年5月28日登録)。

特許庁は、この請求を平成5年審判第6219号事件として審理した結果、平成8年4月10日、「登録第2160553号商標の指定商品中「包装用容器」についてはその登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は、同年7月1日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本件審理に関し、当事者間に利害関係の有無について争いがあるので、まずこの点について判断するに、請求人(被告)が本件審判の請求をするについて利害関係を有すると主張する根拠としている商標登録出願(平成4年商標登録願第46948号)は、本件商標が引用された拒絶理由通知がなされ、現在、審査に係属中であることが職権により調査したところによっても確認し得た。

してみれば、請求人は、本件審判の請求をするにつき直接かつ重大な利害関係を有するものといわなければならない。

なお、この点に関し、被請求人(原告)は、請求人の登記簿謄本の目的欄の記載事項からみれば「包装用容器」の製造販売を業としていないから、同人の出願につき本件商標が引用されて拒絶理由を受けていても、本件審判請求について利害関係を有する者ではない旨、また、当該出願に対して、再度の拒絶理由通知が発せられたことにより、最初の拒絶理由は解消されたものである旨主張している。

しかしながら、仮に、登記簿謄本の目的欄に当該商品の製造販売が明示されていなかったとしても、登記簿謄本の目的欄に記載されている業務のみが請求人の業務であるということはできないから、このことから直ちに請求人が本件審判請求について利害関係を有する者でないということはできない。

また、最初の拒絶理由以外の拒絶理由にも該当する旨の拒絶理由通知がなされたからといって、当然に、最初の拒絶理由が解消されたものとはいえないばかりでなく、本件に関して職権により調査したところ、商標法4条1項15号に該当する旨の再度の拒絶理由通知は平成6年7月25日付でなされており、これに対し、請求人(出願人)は、同年9月28日付で意見書を提出しているが、その後、当該出願については、拒絶をすべき旨の査定も出願公告をすべき旨の決定もなされていないことが認められ、このことからしても、依然として最初の拒絶理由は解消されたことにはなっていないものとみるのが相当であるから、被請求人の前記主張はいずれも採用できない。

(2)  そこで本案に入って判断するに、被請求人は、本件商標の使用事実を証明するための証拠方法として写真2葉のみを提出している。

しかして、該写真には、本件商標と社会通念上同一と認められる商標がシールに表示されて、部品等を収納、包装するプラスチック製包装容器の一種と認められる「バイアル」に付されていることは認められるにしても、該写真の撮影年月日、撮影場所さえ明らかでないところから、本件商標を上記商品について使用していた時期及び使用場所を確認することができないばかりでなく、他にこれを認めるに足る例えば取引伝票等の証拠も提出されていない。

そして、被請求人は、この点を主張する請求人の弁駁に対しても、請求人の利害関係について主張するのみで、何ら答弁、立証するところがない。

してみれば、本件審判の請求に対し、被請求人は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において本件商標をその請求に係る商品について使用していたことを証明したものとはいえない。

したがって、本件商標の登録は、商標法50条の規定により指定商品中の結論掲記の商品についてその登録を取り消すべきものとする。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)のうち、請求人(被告)が本件審判の請求をするについて利害関係を有すると主張する根拠としている商標登録出願(平成4年商標登録願第46948号)については、本件商標が引用された拒絶理由通知がなされ、審査が係属中であること、及び、審判時における被請求人(原告)の主張内容については認めるが、その余は争う。同(2)のうち、被請求人(原告)は、本件商標の使用事実を証明するための証拠方法として写真2葉のみを提出したことは認めるが、その余は争う。

審決が、被告には本件審判請求についての利害関係があるとした判断、及び、原告が、本件審判請求の登録前3年以内に、本件商標を「包装用容器」に使用したことの証明はないとした認定、判断は、いずれも誤りである。

(1)  取消事由1(被告には本件審判請求につき利害関係があるとした判断の誤り)

被告が本件審判請求について利害関係があるといえるためには、被告出願に係る平成4年商標登録願第46948号(以下「被告出願商標」という。)が、審査において拒絶理由として引用された本件商標と類似であることが必須であり、非類似である場合には利害関係は存在しない。

そこで、被告出願商標と本件商標とを比較すると、被告出願商標は、○印を付したフックによる荷の正しい吊り下げ状態を示す図と、×印を付した荷の正しくない吊り下げ状態を示す図よりなる荷の吊り下げ図案と、「株式会社ナショナルマリンプラスチック」(但し、「株式会社」は「株式」と「会社」が上下2段に配されている。)と書してなる文字と、円の中に3記号を表示したものとよりなる。ところで、荷吊り下げ図案部分は被告出願商標全体中の大部分の面積を占め、また、「株式会社ナショナルマリンプラスチック」の表示も全体のかなりの部分を占めているが、円の中に表示している3記号の占める面積は全体からみてきわめて少なく、しかも3記号は表記が不明瞭である。

このような被告出願商標からは、荷吊り下げの図案部分及び「株式会社ナショナルマリンプラスチック」の部分がイメージとして残るとしても、円の中の3記号についてはその表示が不明確なことからイメージとして残ることはきわめて薄いか、殆ど皆無に等しいものと解される。

しかして、被告出願商標におけるイメージとして残るであろう荷吊り下げの図案部分及び「株式会社ナショナルマリンプラスチック」の部分が、本件商標「NMB」と外観、称呼、観念において非類似であることは明らかである。

仮に、上記円の中には、アルファベットの「NMP」をデフォルメしたものが表示されているとしても、「NMP」と「NMB」は非類似であることは明らかである。

したがって、被告には本件審判請求について利害関係があるとした審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2(本件商標を「包装用容器」に使用したことの証明はないとした認定、判断の誤り)

<1> 原告は、その製造に係る極小ベアリングを完全密封するための「バイアル」という包装用容器を製造しているが、これには「NMB」のマークが小さく刻印されている。原告と資本提携関係にある販売会社であって、原告より本件商標権につき通常使用権の許諾を受けている訴外株式会社啓愛社エヌ・エム・ビー(以下「啓愛社」という。)は、平成2年8月28日に長田電機工業株式会社に対し、上記包装用容器に極小ベアリングを封入して販売した。

ところで、上記包装用容器の胴部のラベルには、原告の極小ボールベアリングを示すものとして、「NMB」のマークが大きく表示されており、上記容器の蓋部の平面上には、0.2cm角の小さな「NMB」のマークが刻印されているが、両者は同じ目的のために併用されているとはいえない。上記刻印は顕著なものではなくて目立たず、また、蓋部には内容物の製造を観念するような文字や内容物に関連するような文字は存しない。本件商標「NMB」は、包装用容器を指定商品として登録されており、したがって、「NMB」は包装用容器について使用する主観的意図が認められる。さらに、バイアルの蓋部の平面部分はバイアルの底面に該当するので、壜の標章についての経験則を準用すれば、蓋部に刻印されている「NMB」のマークはバイアルについて使用されていることになる。

<2> 原告は、NMBシンガポール社(シンガポール共和国シンガポール市チャイチー通り1番地所在)から、少なくとも1992年4月27日、同年8月24日、1993年5月26日に、本件商標が付されたトレーを輸入し、輸入直後に、啓愛社に対し、上記トレーを譲渡もしくは引き渡した。

<3> 啓愛社は、平成3年7月9日、訴外河口湖精密株式会社に対し、本件商標を付したバイアル500個を1個当たり35円で販売した。

<4> 以上のとおりであるから、原告あるいは本件商標の通常使用権者である啓愛社は、本件審判請求の登録前3年以内に、本件商標を「包装用容器」に使用したものというべきであり、これに反する審決の認定、判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

被告が本件審判請求について利害関係を有することは明らかである。

(2)  取消事由2について

原告の製造販売に係る商品は、コンピュータ用の超精密部品、磁気ヘッド、特殊・小型モータ等であり、包装用容器は含まれていない。

しかして、本件商標が指定商品である「包装用容器」に使用された事実はなく、本件商標は商品であるベアリングを表示する標識として使用されているものである。

バイアルやトレーは、原告の本来の製品であり、かつ、商標法上の商品とみられるベアリングを販売するために用いられるもので、それ自体が商取引の対象となっているわけではなく、商標法50条にいう商品ではないのであって、本件商標がバイアルやトレーに付されているからといって、本件商標を使用したことにはならない。まして、原告の主張するバイアルやトレーの取引は、所詮自社品の融通にすぎず、決して商取引ではない。「商」不在の世界に商標の使用はそもそも不要である。

第4  証拠

本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

成立に争いのない甲第4号証及び甲第5号証によれば、被告は、平成4年3月31日、被告出願商標について、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令第1条の規定による商品区分における第18類「ひも(被服に属する物及びはき物用又は運動具用ひもを除く)、綱類(運動具に属するものを除く)、網類(運動具に属するものを除く)、包装用容器」を指定商品として、商標登録出願(平成4年商標登録願第46948号)したこと、特許庁審査官は、平成5年1月28日付けで、被告に対し、被告出願商標について、「登録第2160553号の商標(注 本件商標)と同一又は類似であって、その商標登録に係る指定商品と同一又は類似の商品に使用するものであるから、商標法4条1項11号に該当する。」との拒絶の理由を通知し、現に審査に係属中であることが認められる(但し、被告出願商標につき、本件商標が引用されて拒絶理由通知がなされ、現に審査に係属中であることは、当事者間に争いがない。)。

上記認定の事実によれば、被告出願商標は、本件商標に類似する商標であって、その指定商品に使用するものに該当するとの理由で、商標法4条1項11号の規定に基づき登録拒絶を受けるおそれがあるから、被告は、本件商標について商標法50条の規定に基づき、その登録取消の審判を請求する法律上の利害関係を有するものというべきである。

原告は、被告が本件審判請求について利害関係があるといえるためには、被告出願商標が本件商標と類似であることが必須であり、非類似である場合には利害関係は存在しない旨主張するが、独自の見解に基づくものであって到底採用できず、本件商標と被告出願商標との類否について検討するまでもなく、上記主張は理由がない。

したがって、被告には本件審判請求について利害関係があるとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  証人土屋淳一の証言により原告のプラスチック製の容器(トレー)を撮影した写真(撮影日 平成9年3月8日)であると認められる甲第32号証、同証言により成立の認められる甲第33号証の1・2、証人三藤安治の証言により成立の認められる甲第41号証の1・2、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第34号証ないし甲第36号証の各1ないし5、甲第37号証、甲第38号証、並びに証人土屋淳一・同三藤安治の各証言によれば、原告は、NMBシンガポール社(シンガポール共和国シンガポール市チャイチー通り1番地)から、1992年(平成4年)4月27日に、原告の製品であるベアリングを収納・包装するために用いられるプラスチック製の容器(トレー)1500個を代金22500シンガポールドルで、同年8月24日に、上記トレー500個を代金7500シンガポールドルで、1993年(平成5年)5月26日に、上記トレー340個を代金5100シンガポールドルでそれぞれ輸入し、それぞれその頃、原告の販売部門を担当する会社であって、原告より本件商標権につき通常使用権の許諾を受けている啓愛社に無償で引き渡したこと、上記トレーの両端に小さく出っ張らせた部分の表側には、「NMB」の標章(本件商標)が付されていることが認められる。

また、証人仙波英明の証言により成立の認められる甲第42号証、同証言により原告の製品である「バイアルW1」を撮影した写真(撮影日 平成10年2月16日)であると認められる甲第43号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第44号証、並びに証人仙波英明の証言によれば、啓愛社は、平成3年7月9日に、訴外河口湖精密株式会社に対し、原告の製造に係る、ミニチュアベアリングを密封・収納するために用いられる「バイアル」と称するポリエチレン製の円筒状の容器500個を1個当たり35円で売り渡したこと、上記バイアルの蓋の表側平面部分には、「NMB」の標章(本件商標)が付されていることが認められる。

上記認定の各事実によれば、原告及び本件商標の通使用、権者である啓愛社は、本件審判請求の登録前3年以内に本件商標を「包装用容器」に使用したものと認めるのが相当である。

<2>  被告は、バイアルやトレーは、原告の本来の製品であり、かつ商標法上の商品とみられるベアリングを販売するために用いられるもので、それ自体が商取引の対象となっているわけではなく、商標法50条にいう商品ではないのであって、本件商標がバイアルやトレーに付されているからといって、本件商標を使用したことにはならず、まして、原告の主張するバイアルやトレーの取引は、所詮自社品の融通にすぎず、決して商取引ではなく、「商」不在の世界に商標の使用はそもそも不要である旨主張する。

上記認定のとおり、トレーは原告の製品であるベアリングを収納・包装するために用いられる容器であり、また、バイアルもミニチュアベアリングを密封・収納するために用いられる容器であるが、上記認定の輸入及び啓愛社に対する引渡しの対象となったものは本件商標が付されたトレー自体であり、また、訴外河口湖精密株式会社に対する売渡しの対象となったものは本件商標が付されたバイアル自体であって、いずれもベアリングやミニチュアベアリングは輸入、引渡し、売渡しの対象となっているわけではない。また、上記認定の輸入、売渡しが商取引に当たることは明らかである。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

<3>  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由2は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年3月19日)

(裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳 裁判長裁判官伊藤博は、退官のため署名押印することができない。 裁判官 濵崎浩一)

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